(4・16劇評)「内輪から一歩はみ出して」

開演の時間になり、会場が暗くなる。「井口時次郎、入場」のアナウンスで、音楽が鳴り始める。かき鳴らされるギターと伸びていくフルートの音色が印象的で、その響きには心なしか憂いがある。客席の真ん中に開けられた通路、花道を歩いて井口がやってくる。井口は水色と白色のガウンを羽織っており、その背中には金色で「ドリームチョップ」の文字がある。舞台に上がった井口が客席を向く。まずは観客に「プロゲキ!」の主旨を説明する。

そして1st stage「歯医者で私が思うこと」という、井口が歯医者で体験した出来事を元にした、あるあるネタが演じられた。例えば、歯間ブラシの指導を受けて、取れた歯垢に愕然とする井口。こんなに汚い口でごめんなさいと謝る井口。歯科での検査の結果、「口腔清掃」という項目で「不十分」に丸を付けられたことがある筆者には、よくわかるエピソードだった。あと、「銀歯とか入れると急に診療代が高くなる問題」も全くである。このように、観客の共感が得られるネタで、徐々に客席は舞台に引き込まれていった。

続いて2nd stage「耳なし芳一の話」だが、その前に、舞台下手に置かれた衝立の向こうで、井口が着替えを始める。井口は高校の国語教師の職に就いているのだが、教職時と同じ格好、シャツとスラックスの上にパーカーという姿になる。チャイムが鳴り、井口の授業が始まる。井口が読み始めるテキストは『耳なし芳一』だ。読み始めてしばらくすると、井口は舞台を下り、客席の間を歩き、後方に位置する。観客の目の前には無人の舞台があり、後方から井口の声が聞こえてくる。声だけに集中する環境が作られたのだ。『耳なし芳一』のあらすじは知っていても、井口の語りの力で聞かせられてしまう。この舞台での朗読ほどの熱演は、普段の授業ではしていないそうだが、読み方によって、学生を惹きつける努力をしているのだろうと思わせられた。

井口は再び、衝立の向こうで衣装を着替えてスーツ姿になり、Main Event「純愛とキモ愛のはざま」である。メインと銘打っているだけあって、この演目が最も印象に残ったのは、プレ公演を観ての感想と変わらない。この演目は、親切で明るいコンビニの店員に好感を持った井口が、そのことを妻に話したところ「キモい」と一蹴されてしまったことが元となっている。実話とは設定を変え、若いコンビニ店員の女性に思いを寄せる独身中年男性が、気持ちを彼女に伝えようと花を買いに行く話になった。彼の思いは果たして「純愛」か「キモ愛」か?プレ公演を観た際の筆者の結論は「それを純愛と呼んではならない」だった。本公演を観ても、基本的にその思いは変わらない。しかし、どこか間違っている「キモ愛」であろうとも、恋心を胸に抱いている男の姿は一途であった。

その一途さを表現できたのは、井口の演技力の賜物であろう。井口は、誰かを思う一途な気持ちだけをクローズアップして、懸命に観客に提示していた。常識的に考えてそれはストーカーなのでは?という観客の冷静さを失わせようとするほどの熱量で。「純愛」だと感じてもらおうという井口のひたむきさが男の一途さとシンクロして、そこまでの思いなら純愛って呼んでもいいのかなと、思わなくもなかった。物語のラストでは、花束を持って男がコンビニに向かう。舞台を下りて男が去り、BGMが流れた後、パトカーのサイレンが聞こえてくる。ああ、やっぱりそうか。となるのであるが。ちなみに、この演目の終了後に、舞台に戻ってきた井口が客席に尋ねた。これは「純愛」だと思う人?と。確か5人ほどが手を挙げていたはずだ。

「純愛」を追求する井口の姿に、私は、恋愛のみならず、何かを好きでそれにとことんのめり込む人の様相を見た。何かに深くはまってしまっている人の姿は、一般人からすると「キモく」見えることがある。はまったジャンルに属する者しか知らない用語を覚え、ジャンル内知識を蓄え、それを仲間内で披露し合う。これらの行動は、いわゆるオタクの気持ち悪さを醸し出す。オタクは一般人からの「キモい」の声を避け、安全である内に籠もる。だが、井口は内輪から一歩はみ出して、その「キモさ」を一般人にも見せてくる。「キモい」と言われる危険性と、「面白い」と思ってもらえる可能性を天秤にかけて、後者を選んだのが、「プロゲキ!」という企画なのではないか。

前説とカーテンコールで井口は、「プロゲキ!」は社会実験であると話した。演劇を広げていくための、そして演劇に何ができるかを探るための取り組みが始まった。この「プロゲキ!」は今後も2カ月に1度のペースで開催される。カーテンコールには、2回目である6月公演に出演が決定している「劇団浪漫好」の団員2人も登場した。彼らのように、井口の呼び掛けに賛同した演劇人が増え、参加していくことで、「プロゲキ!」は成長していくことだろう。今後の展開を楽しみにしていたい。

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大場さやかnote:https://note.com/sayakaya

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